HR-ADマウスの自発的な痒み行動の特徴
ADにおける痒みの発生メカニズムを解明するため、HR-ADマウスの自発的な痒み行動を解析しました。通常、マウスの掻き行動は、後肢が皮膚に触れ、ひとしきり掻いた後、離れるまでの一連の掻破行動 (一連掻痒様行動と呼ぶ) の回数を計測することにより評価しますが、HR-ADマウスは正常マウスに比べて一連掻痒様行動の持続時間が明らかに長かったため、回数だけでなく後肢が皮膚に触れている累積時間も併せて計測しました。その結果、回数および累積時間いずれにおいても両マウスとの間で一貫した差は認められませんでしたが、累積時間を回数で除すことにより算出した一連掻痒様行動の一回あたりの持続時間はHR-ADマウスで再現性よく有意に増加しました1)。
次に、HR-ADマウスにおける掻痒様行動の持続化の様々な痒みを抑制することが知られているオピオイド受容体拮抗薬naloxoneの影響を検討したところ、HR-ADマウスにおける掻痒様行動の持続化はnaloxoneの投与により抑制されたことから、本反応は痒みに関連していることが示唆されました2)。一方、抗ヒスタミン薬mepyramineは掻痒様行動の持続化に対して無効でした2)。また、ステロイド薬dexamethasoneをHR-AD摂食開始時より連日経口投与した場合、皮膚炎症は抑制されましたが、皮膚バリア機能低下および掻痒様行動の持続化は何ら抑制されませんでした1)。一方、ワセリン軟膏を塗布することにより、一時的に皮膚バリア機能を改善させたところ、掻痒様行動の持続化が有意に抑制されました2)。また、皮膚バリア機能改善作用を有するキトサン含有ローションでも同様の効果が得られました3)。
HR-ADマウスでは、皮膚バリア機能低下が皮膚炎症よりも先行して起こります。皮膚末梢の知覚神経をPGP9.5に対する抗体を用いて免疫染色したところ、HR-ADマウスでは皮膚バリア機能が低下する時期より表皮内に知覚神経の増加 (伸長) が認められることがわかりました4)。以上の成績から、HR-ADマウスの自発的な痒み行動には炎症反応はあまり関与せず、皮膚バリア機能低下や表皮内神経伸長が関与することが示唆されました。(図5) 本マウスは既存のAD治療薬 (抗炎症作用を示すステロイド外用薬) では制御できない痒みの発生メカニズムを解析するのに有用と考えられます。しかし、HR-ADマウスの痒みのメディエーターおよびその受容体は未だ不明であり、今後のさらなる研究が必要です。
ADマウスにおける中枢神経抑制薬による痒み行動の増強
ADでは、アルコール摂取により痒みが増悪することがよく知られていますが、そのメカニズムはよくわかっていません。そこで、正常マウスとHR-ADマウスにエタノールを経口投与した場合の掻痒様行動に及ぼす影響を検討しました。高用量のエタノール (2.4 mg/kg) を投与した場合,正常マウスでは、中枢神経抑制作用によるふらつきがみられるだけで掻痒様行動は特に変化しませんでしたが、HR-ADマウスでは、同用量のエタノールの投与により一連掻痒様行動の1回あたりの持続時間および回数が明らかに増加し、掻痒様行動の累積時間が著明に増加しました。このethanol誘発掻痒様行動の増強メカニズムを薬理学的に解析したところ、脳内におけるγアミノ酪酸 (GABA) 受容体GABAA受容体の機能亢進作用とグルタミン酸受容体N-methyl-D-aspartate (NMDA) 受容体の阻害作用が関与することが明らかとなりました5)。
さらに、我々はエタノールと類似した作用を示すバルビツール酸系薬による影響も検討しました6)。睡眠用量のペントバルビタールやフェノバルビタールをマウスに投与すると、HR-ADマウスにおいて掻痒様行動の増強が認められました。一方、興味深いことに同じ様な薬理作用 (GABAA受容体機能亢進作用) を示すベンゾジアゼピン系薬では掻痒様行動の増強の程度がわずかであり、選択的GABAA受容体アゴニストmuscimolでは全く認められませんでした。バルビツール酸系薬はGABAA受容体以外の受容体にも様々作用することが知られていることから、種々の薬物を併用して解析したところ、HR-ADマウスにおけるバルビツール酸系薬による掻痒様行動には、GABAA受容体機能亢進作用、グルタミン酸受容体であるAMPA受容体の阻害作用、電位依存性Ca2+チャネル阻害作用が相乗的に関与していることが示唆されました。さらに、バルビツール酸系薬による掻痒様行動の増強が他の痒みモデルでも認められるか検討したところ、ADモデルとして広く用いられているNC/Ngaマウスでは増強がみられましたが、正常なヘアレスマウスにヒスタミンを皮内投与した急性の痒みモデルでは全くみられませんでした。したがって、本反応は、ある種の慢性の掻痒性皮膚炎において特異的に認められる興味深い現象であることがわかりました。本反応は、中枢神経抑制薬全般でなく、特定の薬理作用を持った薬物において認められることから、特定の受容体および神経系が関与すると推測されます。また、中枢神経抑制作用を示す薬物の投与により行動が増加するというのは、一見不思議ですが、我々は、慢性の痒み病態では何らかの痒み抑制系が亢進しており、薬物の投与によりその抑制系が抑制された結果、掻痒様行動が増加しているのではないかと推測しています。(図6)現在、そのメカニズムを明らかにするため、さらなる検討を進めています。
AD患者は睡眠時に掻破行動が顕著に増悪することがよく知られています。我々が見出した興味深い現象の臨床的意義は未だ明らかではありませんが、エタノールもバルビツール酸系薬もいずれも催眠作用を持つことから、ADマウスにおけるある種の睡眠作用薬による掻痒様行動の増強は、AD患者の夜間の掻破を模倣しているのかもしれません。現在、エタノールやバルビツール酸系薬と類似した作用を示す生体内物質に着目し、ADマウスにおける痒みとの関係をさらに調べています。
参考文献
- 1) Fujii M., Tomozawa J., Mizutani N., Nabe T., Danno K., Kohno S.* Atopic dermatitis-like pruritic skin inflammation caused by feeding a special diet to HR-1 hairless mice. Exp. Dermatol., 14, 460–468 (2005)
- 2) Fujii M., Nabe T., Tomozawa J., Kohno S.* Involvement of skin barrier dysfunction in itch-related scratching in special diet-fed hairless mice. Eur. J. Pharmacol., 530, 152–156 (2006)
- 3) Fujii M., Shimizu T., Nakamura T., Endo F., Kohno S., Nabe T.* Inhibitory effect of chitosan-containing lotion on scratching response of hairless mice with atopic dermatitis-like dry skin. Biol. Pharm. Bull., 34, 1890–1894 (2011)
- 4) Fujii M., Akita K., Mizutani N., Nabe T., Kohno S*. Development of numerous nerve fibers in the epidermis of hairless mice with atopic dermatitis-like pruritic skin inflammation. J. Pharmacol. Sci., 104, 243–251 (2007)
- 5) Fujii M., Nakamura T., Fukuno S., Mizutani N., Nabe T.*, Kohno S. Ethanol aggravates itch-related scratching in hairless mice developing atopic dermatitis. Eur. J. Pharmacol., 611, 92–99 (2009)
- Fujii M.*, Takeuchi K., Umehara Y., Takeuchi M., Nakayama T., Ohgami S., Asano E., Nabe T., Ohya S. Barbiturates enhance itch-associated scratching in atopic dermatitis mice: A possible clue to understanding nocturnal pruritus in atopic dermatitis. Eur. J. Pharmacol., 836, 57–66 (2018)