食餌誘発ADモデルマウス
ADにおいて、痒みは患者のquality of lifeを最も低下させる症状であり、慢性的な痒みと掻破の悪循環により皮膚炎の維持・進展に大きく関係します。しかし、蕁麻疹の痒み (抗ヒスタミン薬が奏功する) とは異なりADの痒みを十分にコントロールできる薬物療法は未だ確立されていません。
2000年当時、当分野では、ADの痒みの発症機構を解明すること目指して、AD様皮膚炎を伴った慢性痒みモデルの開発を企図しました。使用するマウスの系統としてHR-1系ヘアレスマウスを選択しました。当初、我々がこのマウスを選択したのは、皮膚症状が観察し易いからという単純な理由でしたが、後の解析から、食餌誘発ADを発症しやすい遺伝的素因を持つマウスであることがわかっています (詳細は本ページ後述)。
当初、我々は、ヘアレスマウスにハプテンを長期間反復塗布することでAD様の慢性痒みモデルが作製できるか検討を行っていましたが、良好なモデルの確立には至りませんでした。一方、ADの増悪因子の一つとして乾燥肌 (ドライスキン) がよく知られていたことから、我々は特殊飼料 (HR-AD用精製飼料、HR-AD) を用いたドライスキン誘発法に着目しました。HR-ADは、ヘアレスマウスを生産している星野試験動物飼育所(株)(製造は日本農産株式会社)から販売されていましたが、本飼料を摂食させたマウスの病態は詳細に解析されていませんでした。そこで、まず、離乳期 (4週齢) のヘアレスマウスにHR-ADを長期間 (8週間以上) 摂食させた場合の皮膚症状を解析しました。その結果、HR-ADを摂食させたマウス (HR-ADマウス) は、ADと類似した皮膚炎症状を発症することを見出しました1)。(図1)本マウスの症状の推移を調べたところ、皮膚バリア機能低下を伴ったドライスキン症状がまず起こり、その後、AD様の皮膚炎が起こること、また、抗炎症作用を持つステロイドをHR-AD摂食開始時から投与すると皮膚炎症は部分的に抑制されましたが、皮膚バリア機能低下/ドライスキンには無効であることがわかりました1)。したがって、HR-ADマウスは、皮膚バリア機能異常を発端としてAD様皮膚炎を結果的に発症する特徴を有するマウスであると考えられました。奇しくも、HR-ADマウスに関する論文を発表した頃に、表皮のみに発現し表皮の分化や保湿に関係するfilaggrinの遺伝子変異がADの発症に関係することが報告され、それを契機にADの発症と皮膚バリア機能異常との関係に注目が高まっています。(図2)ADモデルマウスとしては抗原性タンパクやハプテンを暴露して炎症を起こすモデルがよく知られていますが、HR-ADマウスはその様なモデルとは異なり、皮膚バリア機能異常に起因したユニークなADモデルであると考えられます。
食餌誘発AD症状の発症原因 (本研究内容についての日本語総説2))
HR-ADマウスのドライスキン症状は、当初、低マグネシウムにより起こるとされていましたが、実際に調べたところ、マグネシウム欠乏ではなく多価不飽和脂肪酸 (PUFA) の欠乏が主な原因であることがわかりました1,3)。(PUFAとAD症状との関連に関する研究内容はテーマ3参照)一方、HR-ADには適当な対照飼料が存在しないため、PUFA以外の因子も関係する可能性が考えられました。そこで、HR-AD誘発AD症状がPUFAの欠乏のみで再現できるか検証するため、Research Diets社の標準飼料であるAIN-76Aの脂質成分を水素化した脂質に置換することにより作製した不飽和脂肪酸 (UFA) 欠乏食 (図3中Diet A) をヘアレスマウスに摂食させ皮膚症状を評価したところ、意外なことに皮膚症状はわずかにしか認められませんでした。そこで次に、AIN-76Aに含有されているがHR-ADに含まれていないcorn starchに着目し、UFAとcorn starchをともに欠乏させた飼料 (Research Diets, D03052309, 図3中Diet B) ところ、HR-ADマウスとほぼ同程度の皮膚炎症状が再現できました。したがって、PUFAだけでなくある種のデンプン成分の欠乏も食餌誘発ADの原因であることが明らかになりました4)。
HR-ADによるAD症状がHR-1系ヘアレスマウス(本段落ではHR-1とする)以外の系統のマウスでも発症するかも検討しています。5系統のマウス(HR-1,BALB/c,C57BL/6,ddYおよびICR系マウス)を用いてHR-AD誘発AD症状の程度を比較したところ、HR-1が皮膚バリア機能障害と掻痒様行動を最も強く発症しました。HR-1のみが表皮ケラチノサイトに発現するヘアレス遺伝子 (Hr) に低形質変異を有することから、次に、これらの症状の起こりやすさにHr変異が寄与するのか検討しました。ICR、HR-1およびHr変異を有するICR背景のヘアレスマウス (ICR-Hrhr) にHR-ADを摂食させたところ、ICR-HrhrはHR-1と同程度の症状を呈したことから、Hr変異がHR-AD誘発皮膚バリア機能障害および掻痒様行動の促進因子であることがわかりました5)。
一方で、最近の検討結果から、遺伝子改変実験に汎用されるC57BL/6マウスでも上述のUFA/corn starch欠乏食の摂食により皮膚バリア機能低下を伴った慢性の痒みモデルが作成可能であることも明らかにしています。現在、種々の遺伝子改変マウスを利用して、AD様の痒みおよび皮膚バリア異常に関与する因子の探索を行なっています。
参考文献
- 1) Fujii M., Tomozawa J., Mizutani N., Nabe T., Danno K., Kohno S.* Atopic dermatitis-like pruritic skin inflammation caused by feeding a special diet to HR-1 hairless mice. Exp. Dermatol., 14, 460–468 (2005)
- 2) 藤井正徳 : ヘアレスマウスにおける食餌誘発アトピー性皮膚炎の発症要因の解明. (平成27年度日本薬学会近畿支部奨励賞総説) YAKUGAKU ZASSHI, 137, 49–54 (2017)
- 3) Fujii M.*, Nakashima H., Tomozawa J., Shimazaki Y., Ohyanagi C., Kawaguchi N., Ohya S., Kohno S., Nabe T. Deficiency of n-6 polyunsaturated fatty acids is mainly responsible for atopic dermatitis-like pruritic skin inflammation in special diet-fed hairless mice. Exp. Dermatol., 22, 272–277 (2013)
- 4) Fujii M.*, Shimazaki Y., Muto Y., Kohno S., Ohya S., Nabe T. Dietary deficiencies of unsaturated fatty acids and starch cause atopic dermatitis-like pruritus in hairless mice. Exp. Dermatol., 24, 108–113 (2015)
- 5) Fujii M.*, Endo-Okuno F., Iwai A., Doi K., Tomozawa J., Kohno S., Inagaki N., Nabe T., Ohya S. Hypomorphic mutation in the hairless gene accelerates pruritic atopic skin caused by feeding a special diet to mice. Exp. Dermatol., 25, 565–567 (2016)