京都薬科大学 臨床腫瘍学分野 Kyoto Pharmaceutical University Laboratory of Clinical Oncology

がん幹細胞特性に基づく新しい治療標的分子を同定する研究

がんは悪性新生物とも呼ばれ、もともとは患者さんの体の中にあった正常細胞に、遺伝子の異常が蓄積することによって「がん細胞」(悪性の異常な細胞)が生じて発症する病気です。がん細胞は無秩序に大きくなる塊をつくるように増殖し、さらに浸潤や転移などを起こして生命を脅かします。近年のがん研究や幹細胞生物学の発展により、がん組織の中には幹細胞の性質をもつがん細胞が存在することが分かっています。これらのがん幹細胞は、本来は個体が発生する時に働くさまざまな因子を悪用することが明らかになっています。このような因子の中で、成人には出来るだけ大きな影響を与えずにがん細胞の増殖を効率よく阻害できるものを、もしみつけることが出来れば、これまでにない治療戦略につながる可能性があります。
臨床腫瘍学分野では、幅広いがんの発症に関与する発がん性因子である、がん抑制遺伝子(p53)の失活と、変異型がん遺伝子(Ras, EGFR変異体)を、正常細胞に導入することにより作成した、人工的ながん細胞を題材に研究を行っています。そのような悪性脳腫瘍から、がん幹細胞を独自に樹立して、これらを駆逐する手法を開発することを目標に研究を行っています。つまり、がん幹細胞の増殖に必要不可欠な、発生学的に重要な新しい遺伝子を発見し、その遺伝子の働きを人工的に抑えることによる増殖の抑制や細胞死を誘導するメカニズムについて研究しています。さらに、それらの因子に対する特異的阻害剤の有効性も検証しています。
また、臨床腫瘍学分野では、京薬発の新薬を創出することを目指し、合成系分野とも緊密な共同研究を展開して、新しい化合物の抗がん剤としてのポテンシャルについて検証しています。これまでに、上記の脳腫瘍のがん幹細胞の増殖を効率よく抑制する化合物の創出に成功し、さらに詳細な分子メカニズムの解析を進めています。また、既存の抗がん剤の治療効果を高める新しい化合物も見出しており、副作用の少ないがん治療戦略の開発に繋げることを目指しています。


新規がん治療標的 GGCT (C7orf24/γ-glutamylcyclotransferase) に関する研究

C7orf24(遺伝子名)は、プロテオーム解析(網羅的なタンパク質の定量解析)という手法により、泌尿器系のがん細胞で高発現する新規遺伝子として発見されました。発見された当時、機能はおろか蛋白質として実在しているかどうかも明らかではなかったのですが、その後、C7orf24がGGCTというグルタチオン代謝関連酵素であることが判明し、細胞内システインレベルの調整や酸化ストレスの制御に関与することがわかってきました。
これまでに臨床腫瘍学分野では、GGCT遺伝子を人工的に働けなくすると、がん細胞が増殖できなくなり、そのメカニズムには、細胞周期の停止やオートファジーの亢進、さらに細胞老化の誘導といった、アポトーシス細胞死以外のメカニズムが関与していることを世界で始めて明らかにしてきました。さらに、さまざまな研究組織との共同研究を行い、GGCT酵素活性を測定する試薬LISA-101や、GGCT阻害剤pro-GAなどの創出など、独自性の高い研究を進めてきており、近年では、上記の脳腫瘍がん幹細胞の幹細胞制御シグナル経路の維持にGGCTが重要な役割を果たすことを発見しました。
既存の抗がん剤には、例えば、アルキル化剤や抗腫瘍性抗生物質、DNAトポイソメラーゼ阻害剤、微小管阻害剤、さらにプラチナ製剤などがあります。これらの多くは、DNAなどを攻撃して細胞を傷害し、主にアポトーシス細胞死を誘導する殺細胞性の薬剤です。しかし、正常細胞も傷つけるため、副作用が大きな問題となっています。当分野では、既存の抗がん剤とは作用機序が異なるGGCT阻害剤を併用することにより、効果を高める治療戦略の開発に取り組んでいます。つまり、より低用量の抗がん剤で高い効果を発揮し、それによって副作用の軽減させる治療が可能ではないかと仮説を立て、併用効果について解析しています。